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雑記

ブログの方針を見誤った!? 宗教ブロガーの私が向くべき方向は?

2018年11月9日

最近、宗教に関する活動やブログ執筆をしていることを友人たちに打ち明けました。

その中で、今後の自分がやりたい活動のための話をしたところ、とある友人が指摘をしてくれました。

特に「主な新宗教の退会方法まとめ」を作っている私を見た時から、思うことがあったようです。

友人
そもそも……ににさんは何がしたいんだっけ?
にに
私は、無理やり宗教をさせられたり、逆に宗教をやめさせられそうな人のための活動をできればと思ってるよ。

特に宗教二世に関しては、実際に会いに行ったりイベントを企画したりして、少しでも本人の気持ちが軽くなればいいなと考えてるんだ。

友人
要するに目的は「宗教二世が抱えている問題をサポートする」ことだよね?

それなら「宗教をやめさせる」ことは目的じゃないし、よその宗教に口を出すのもズレてない?

にに
やめさせることは目的じゃないし、信じている人が無理やりやめさせられるのもダメだと思う。

でも、やめ方がわからなくて困っている人のために、やめ方がハッキリわかる場所がひとつあったほうがいいんじゃないかなと思って……。

会話はここで終わったのですが、その後よくよく考えてみて反省しました。

にに
手段と目的が入れ替わって、本来の目的を見失いかけてた!!

この記事では、もしまた自分が道に迷いそうになったときのために、本当にやりたいと思っていたことや、自分の向くべき方向をまとめます。

 

「宗教」に目が行きがちだけど……

宗教に関して問題が起き、心を痛めている人がいるとき、その問題の焦点は「宗教」そのものに行きがちです。

実際に、私がTwitterでフォローしているアカウントの方々も、宗教のウォッチングが主な活動であったり、最終的に自分が所属していた宗教が無くなってしまえばいいという考え方だったりします。

しかし私はそうは思いません。宗教を自分の意志で信仰し、心から愛し、救われている人もこの世にはたくさんいます。

その人たちから宗教が奪われることは、宗教二世が宗教活動を強要されることと同じくらい、よくないことだと考えています。

 

例えるなら「火」でしょうか?

私たちの生活にとって火は料理や暖房に欠かせないものですが、火事によって命が奪われていることも事実です。

だからといって、この世から火を無くそうなんて私は思いません。

火の危険も理解しつつ、使いたい人が使えるようになっている今の世界がちょうどいいと考えています。

宗教を信じたい人が信じて、信じたくない人は信じなくてもよくて、お互いがお互いの邪魔をしない。

これが私の理想です。

 

「やめること」が目的になりかけていた

私は熱心な新宗教信者の母のもとに生まれ、信心か消えた19歳の頃からは悶々とする日々を送っていました。

そして、両親に本当の気持ちを打ち明け、宗教をやめてからは心がとても軽くなりました。

なので「宗教二世で無信心の人」にとって「宗教をやめること」が一番の道だと、心の中の無意識な部分で考えてしまっていたみたいです。

 

しかし、これはあくまで私のパターンであって、万人に通じるものではありません。

信心が無くて宗教をやめた結果、宗教をやっていた頃には居た身近な人が離れて行ってしまい「こんなはずじゃなかった。宗教をやっていた頃のほうが幸せだった。」という事態になってしまうことも考えられます。

 

そもそも私はなんで宗教をやめたのか?

それは、そのほうが自分の心が軽くなるからです。

「宗教をやめること」はあくまで手段であって、本来の目的は「自分の心を軽くすること」だったのです。

 

そして現在。

私がこれからやりたいと思っている活動は「宗教に関して悩む人の心が軽くなるような活動」です。

しかし、「やめる」という手段が目的にすり替わった結果、本当に目を向けなければいけない「悩む人」ではなく、「宗教」側に目線が移動してしまっていたんです。

 

「宗教二世同士が話すこと」の力

2018年夏。

信じていない宗教の活動を強要され、精神的に辛い日々を送る中、Twitterアカウントを通じて出会った宗教二世の方々との会話が、私を大きく変えました。

「宗教二世で無信心の人同士が会話をする」という出来事には、言葉では言い表せない大きな力があると感じました。

たとえ宗教と関係ない話をしていても、なぜか心が軽くなり、前向きな気持ちになれるのです。

この力がとても大きなものだと感じた私は、こう思いました。

にに
宗教に悩む人に実際に会って、その人の心を軽くしたい。

相手が望むなら宗教の話を全くせずに、ただ一緒にごはんを食べたり遊ぶだけでもいい。

その人の心が少しでも救われるような活動をしたい。

 

しかし、私は視野がとても狭く、一つの物事に悪い意味で集中しすぎたり、固執してしまうことがあります。

今回もそれが原因で、たった数か月で私の活動は当初の理想や目的から外れかけていました。

友人は、そのことにいち早く気づき、勇気をもって私に指摘してくれたのです。

 

宗教二世問題に取り組む方は私以外にもいますし、それぞれのアプローチ方法は違います。

宗教自体の研究やリサーチ、報道などは他の方に任せて悩んでいる人」側によりフォーカスした活動ができればいいのかな、と今回の出来事で改めて考え直すことができました。

 

私の「弱点」と「強み」

にに
友人さんのおかげで、目的を見失いかけていたことに気づけたよ……。

本当にありがとう。

私は猪突猛進タイプで本質が見えなくなりがちだから、広い視点で冷静に物事を見られるのは友人さんの大きな才能だと感じるよ。

友人
逆に、何かに全力で注力できるのはににさんの強みだろうね。

ちゃんと行動に移せるところとか。

視野が狭く、目的を見失いやすいことが私の欠点であると話しましたが、逆に「一つのことへの集中力と行動力」に関しては、周りから褒められることが多くなってきました。

今回改めて感じた自分の欠点はとても大きなものであり、自分がやりたいことに大きな支障をきたすことが前々からあります。

できるだけ直していきたいと考えていますが、それと同時に、自分のこの長所を最大限に活用していきたいと考えています。

これから先のお互いの人生がどうなっていくかはわかりませんが、このような私の欠点を埋めて、長所を認めてくれる友人がいることに心から感謝しています。

 

未来の自分にささげる記事

今回は友人の手を借りて軌道修正できた私ですが、いつまでも友人が私のそばにいてくれるわけではありません。

将来のために、どうにかトレーニングなどで改善していきたいと考えています。

なので、もし「視野を広くするトレーニング」や「目的を見失わないノウハウ」、参考になりそうな本などをご存知でしたら、ご連絡いただけると嬉しいです。

 

本当はこういう内容は自分のメモ帳にでも書いておけばいい話です。

しかし、未来の自分がまた道に迷いそうになったときのために、自戒の意味も込めてブログの記事として残すことにしました。

未来の自分の軸がぶれることなく、ちゃんと「人の心を軽くする」ための活動をできていることを願ってやみません。

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