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雑記

新宗教の元信者の私が、宗教の信者や信仰心を否定したくない理由

私は真如苑という新宗教を信仰していましたが、大学生の頃に彼氏に説得されて教義を信じられなくなり、20代後半で退会しました。

しかし、宗教そのものの存在を否定する気持ちや恨みはありません。

また、どんな宗教かを問わず、心から宗教の教義を信じて活動している信者さんを否定する気持ちもありません。

 

こんな考え方をするようになったのは、高校生の頃にとあるきっかけがあったからなんです。

その出来事は、今でも私の宗教観の根底になっています。

この記事では、私が他人の信仰心を否定しないようにしている理由や、そのきっかけとなった出来事を書いていきます。

注意

この記事の内容は、あくまでブログ投稿者『にに』の一意見であり、インターネットの情報や憶測、ににの経験や感情から作成されています。

特定の宗教を誹謗中傷するために書いたものではありません。

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全てにご了承いただいた方のみ、続きをお読みください。

 

高校生のときの年上の彼氏

高校生のとき、私に年上の彼氏ができました。

その彼とは、とある趣味がきっかけで出会い、意気投合して付き合うようになりました。

 

彼は当時、根っからのオタクで、ゲーム・アニメ・2ch(現在の5ch)などにハマっている人でした。

「2chにハマっていたから」と決めつけるのは間違っているかもしれませんが、当時の2chのノリや考え方をそのまま現実に持ってくるタイプの人だったように思います。

具体的にいうと、自分の気にくわない出来事があると、容赦なく攻撃的な言葉をぶつけてくるタイプと言いますか……議論好きといいますか……。

 

最終的には彼の辛辣さがイヤになって、私から距離を置いてしまいましたが、そんな彼がいたからこそ今の私があるので、彼には感謝しています。

 

真如苑の信者であることを明かした

付き合い始めてから1年近く経ったとある夜、私は彼と携帯電話で通話をしていました。

そのとき、たまたま宗教の話になり、私は真如苑の信者であることを初めて彼に話しました。

 

熱心な真如苑信者の母のもとで育てられた私は、活動がめんどくさいとは思っていたものの、真如苑が言っていることが世界の真実だと当たり前のように考えていました。

当時の私には「インターネットで真如苑について調べるという発想」もなく、真如苑が世間でどのような目でみられているか、よくわかっていなかったんです。

 

なので、中学生の頃から同級生に真如苑の話をすることがありましたが、運よく宗教差別をする友達はおらず、全員スルーしてくれていました。

 

涼宮ハルヒ教

真如苑についての私の話を聞いた彼は、何か思うことがあったようで、私にとある質問をしてきました。

彼氏
例えばさ、お前は「涼宮ハルヒ教」っていう宗教に入信している人たちが何人かいるとして、その人たちについてどう思うの?

 

涼宮ハルヒは「涼宮ハルヒの憂鬱」というライトノベルシリーズのキャラクターです。

宗教の話にいきなりアニメのキャラクターを持ち出された私は、とっさに言い返してしまいました。

にに
涼宮ハルヒ教……?なにそれ、そんなものと比較しないでよ!

 

私は子どもの頃から、母と教団からの教育によって、以下のような価値観を持っていました。

真如苑の教えは唯一無二

真如苑の教えが世界の真理

真如苑こそが本物の宗教で、人が救われる唯一の道

 

私が置かれていた環境からして、こういう考え方をもつのは仕方なかったことだと、今の私は思います。

宗教って「この宗教が世界の真実」っていう設定でないと上手くまわらなかったり、選民思想を持ちやすくなりがちなものですからね。

 

だから、彼の言葉に「『涼宮ハルヒ教』なんて、アニメキャラから作った宗教と真如苑を比較するのはありえない」という感情を持ってしまったんです。

 

「人の大切なものを否定するな」

私のその言葉に、彼は怒りました。

彼氏
そんなものって……お前は「涼宮ハルヒ教」の先にいる信者のことが想像できないのか!?

涼宮ハルヒが大好きで……ハルヒが何よりの心の支えになっていて……そういう人とお前の信じてる宗教の、何がどう違うんだよ!?

人の大切なものを否定するな!

 

この言葉を聞いて、私はすごく動揺し、何も言い返せなくなってしまいました。

「涼宮ハルヒ教」というものは存在しませんし、真如苑の言うことは絶対だ(と思わされている)けど、明らかに人の大切なものを否定した私が悪いと思ってしまったからです。

 

結局、その日の通話はケンカしたまま終わってしまいました。

しかし、翌日にはお互い何もなかったかのように元に戻り、宗教の話をそれ以上することはありませんでした。

 

母の言葉と彼の言葉

生まれてすぐに「真如苑」という唯一無二の教えに出会えて、あなたはとても恵まれているのよ。

感謝を祈りにかえて、真如苑の活動をがんばろうね。

私は、母や真如苑の霊能者からそのように言われて育ってきました。

 

あの人は、あんな宗教に入ったから不幸になってしまったのね。

かわいそう……真如苑に出会えていたら、こうはならなかったでしょうに……。

あの人の分も、私が祈りを運んであげなきゃ。

母は今でも、他の宗教の信者さんが不幸にみまわれたと知ったときに、私にそう言ってきます。

 

自分が入っている宗教が唯一無二で、他の人の宗教がそうじゃないなんて、言い切っていいものなんでしょうか?

無宗教であったとしても、宗教の信者さんに対して軽い気持ちでその宗教を否定する言葉を投げかけるのは、正義なのでしょうか?

自分は偽物だと感じたとしても、自分から見て他の宗教の信者さんが不幸に見えても、相手にとってはかけがえいのない大切な宗教かもしれないんです。

 

この出来事がきっかけで「母の言葉」と「彼の言葉」の狭間に置かれた私は、宗教というものに対して少し複雑な気持ちを持つようになったんです。

そしてその1年後……新しい彼氏に説得されて真如苑を信じなくなったのは、また別の話です。

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現在の私と真如苑

現在の私は真如苑の教えを1ミリも信じていませんが、母の宗教活動は応援している立場です。

自分の宗教は自分の宗教、相手の宗教は相手の宗教」と考えて行動しているのは、この出来事があったからなんです。

 

真如苑は海外で他の宗教・民族の方とイベントを開催することが多く、ホームページにも以下のように書いています。

「仏教の精神はあくまでも"融和"であり、"融合"であります」と呼びかけた開祖。

どれほど実現が困難であろうと、国や人種、宗教の違いを越えて融和する世界を目指し、"真如"を説き続けました。

引用元:真如苑を知る 真如開祖の想い | 真如苑

でもこの「宗教の違いを越えて融和」って、昔の私のような考え方を持っていたら、絶対に叶わないことですよね。

私が「勝手に真如苑の教義を勘違いして受け取っていた」と言われればそこまでですが、ひとつの宗教に固執しすぎると、いろいろ見誤ってしまう気がするんです。

 

否定したくないのは「信仰心」

最後にひとつ付け加えたいのは、私が否定すべきでないと考えているのは「教団」よりも「宗教の信者さんの信仰心」だということです。

 

宗教の中には、著しい人権侵害を行ったり、犯罪を起こしてしまうようなものもあります。

そういった「教団」を、私は心の中で「カルト宗教」と呼んでいます。

 

そして私は「カルト宗教」という言葉を、むやみに口に出さないようにしています。

なぜなら、その宗教の先にいる信者さんの気持ちが気になるからです。

 

何とかして苦しみから救われたかったり、人生の指針にしたいと考えて、宗教に入信したのが「信者」という存在です。

たとえ教団側が非難されるべき悪質な行為を行っていたとしても、信者さんのほとんどは非難されるべきじゃないと、私は考えています。

 

最後に

私は「涼宮ハルヒ教」という言葉がきっかけで、信者さんを否定したくないという気持ちを持つことになりました。

しかし、世の中の人全員に同じ考えを持ってほしいと思っているわけではなく、これはあくまで私の一例です。

 

この記事を通して、私がこのような宗教観を持ってブログを書いているということだけ、理解していただければありがたいです。

また、私のこの経験談を通して、あなたの心に少しでも響く何かがあったら、それはそれで嬉しいです。

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