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宗教二世

退会して一年…二世信者が宗教を辞めた後の「親・宗教との距離感」

2019年10月28日

新宗教「真如苑」の信者である母を説得して退会し、一年以上が経ちました。

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あっという間の一年でしたが、今考えると宗教をやめて良かったことも悪かったこともあったなあと思います。

この記事では元二世信者である私の、現在の母親や宗教との距離感をまとめていきます。

注意

私は不真面目な信者だったため、ここからは不確かな情報も含まれている可能性が高いです。

間違いに気づいた方は、コメントやお問い合わせ、Twitterなどにご連絡をお願い致します。

また、この記事に真如苑を否定する意図はありません。ご了承の上、お進みください。

 

現在の私の宗教に対するスタンス

まず最初に、私の現在の基本スタンスを述べておきます。

私は真如苑の教えを全く信じていませんし、もう宗教活動はしたくありません。

宗教全般を信じていませんし、霊というものも信じていません。

しかし、真如苑をそんなに悪い教団だとは思いませんし、母が信仰していることも悪く思っていません。

 

真如苑に関して苦しんでいる方は、私に色々言いたいこともあるかもしれませんが、これは私の今のポリシーなので変えられません。

そういう前提の上で、現在の私と真如苑との距離感がどんな感じか、ご説明します。

 

母から真如苑の話を聞くことはある

私が退会してからも、母は相変わらず真如苑の信者として活動しているので、母から真如苑の話をされることはあります。

例えば、接心でご先祖様の○○が示されたとか……集会でこんなことを話したとか……。

退会するまではイヤで仕方なかったのですが、今は「活動しなくていい」という安心感と心の余裕があるため、母の話に普通に耳を傾けられるようになりました。

にに
まあ、信じていないので「そうなんだね」と「ふーん」とかしか返せないんですけどね……。

 

再入会をすすめられることはない

真如苑を退会してすぐは、母に「再入会しろ」と言われたらどうしよう……と考えていたのですが、全くそんなことは起きませんでした。

ただ、以下のような会話をしたことはあります。

なんで真如苑をやめたの?
にに
お母さんにとって真如苑が大切なものだということはわかるから申し訳ないけど、私は真如苑の教義を信じられなかったんだよね。
信じる信じないじゃなくて……。

おそらく、母は真如苑の教えが世界の真理で絶対的なものだと考えているので、「信じる」「信じない」という次元の話じゃないと言いたかったのだと思います。

自分に信仰がないことを不安に感じたりしないの?

今まで真如苑に守ってもらっていたっていう気持ちはないの?

お母さんはそれが不思議なんだよね……。

にに
……むしろ、やっと自分の人生を生きらるようになったっていう実感があるよ。

真如苑を否定はしないけど、世界のみんなが自分の望む信仰を持って、お母さんはお母さんが信じたいものを信じて、私は私のやりたいことをやって……。

そういう世界が、いちばん理想的なんじゃないかなって考えてる。

この会話をして以来、あまり深くつっこまれることはありませんでした。

 

宗教活動の手伝いはする

真如苑の支部に通うことはもうなくなりましたが、母の宗教活動の手伝いをたまにしています。

とはいっても、勧誘や早朝奉仕を手伝ったり、集会に参加するようなことはありません。

 

母がパソコンやスマートフォンを使うときにサポートをしたり、書類づくりを手伝ったり、母が真如苑に行っている間に留守番や家事を少しだけやったり……といった感じです。

これも「真如苑を退会している」という心の余裕のおかげで、全く苦になりません。

 

真如苑を信仰することでの親孝行はもうできなくなりましたが、他の部分で母に孝行をしたいという気持ちがあって、やっていることです。

 

宗教への感情がフラットに

宗教をやめてから一年経って、宗教に対しての感情がフラットにどんどん近づいている気がします。

前は感じていた宗教問題に関する怒りや悲しみが、極端に減りました

宗教に対する感情はブログ更新の原動力にもなっていたため、だんだんブログの更新が少なくなったり、宗教に関係ないブログを書きたくなったり……。

やめたあとの二世さんって、怒りや悲しみをより強く持ち続けるか、宗教への関心がゼロになるかの2方向に分かれていくのが基本な気がするのですが、私はどうやら後者のタイプみたいです。

 

「死」が怖くなった

真如苑をやめたことは、基本的に自分のメンタルにとって良いことばかりでしたが、ひとつだけ「これは辛いな」と思ったことがあります。

それは、病気で弱っていく父の死が、とてつもなく怖くなったことです。

 

特に仏教系の宗教では「先祖供養」が教義に含まれていることが多く、教義を実行すれば、亡くなった方をあとから救うことができるようになっています。

しかし、今の私は「霊」というものの存在自体を信じていません。

人は死んだら生命活動が停止するだけで、そのあとは天国も地獄もなく「無」であると考えています。

 

そう考えるようになってから、父の死がとても怖くなったんです。

だって、このまま病気で弱っていく父に対して、私は何の親孝行もできていません。

 

父は何十年も前から趣味で収集活動をしていて、退職したら収集物で余生を楽しむはずだったのに、それは叶わず……。

今は、もう寝たきりです。

家族のために真面目に生きてきて、優しくて人格者な父が報われずに、ただただ死という名の「無」に向かっていくことが、私は辛くてしかたないんです。

 

こういうときに宗教を持っている人って、強い気持ちでいられるんだと思います。

事実、母には「父が死んだあとも真如苑で供養をし続けられる」「霊界で父と再会できる」という気持ちがあるからなのか、淡々とできることをやり続けています。

これが、宗教を退会してから私が感じた「無信仰であることの最大のデメリット」です。

にに
まあ、だからといって宗教をやりたいという気持ちは一ミリもありませんけどね。

もう宗教はこりごりです。

 

まとめ

結局「宗教をやめたおかげで全てが良くなった」というわけでなく、相変わらず辛いこともある人生ですが、宗教をやめたことへの後悔は全くありません

 

しかし、私は楽になりましたが、世界にはまだまだ宗教活動を強要されて苦しんでいる二世信者さんや、宗教に関する悩みを持つ方がたくさんいます。

これからもそのことだけは忘れず、私にできることを少しずつ探しながら、ブログを更新し続けていきたいと考えています。

 

宗教について悩んでいる方へ

世の中には、宗教のことで悩み、苦しんでいる方がたくさんいます。

もしあなたがそのひとりで、今まさに苦しんでいるのであれば、このブログのお問い合わせやコメント、Twitterなどで連絡をください。

私は精神的・肉体的にあまり強くない人間なので、問題そのものの解決はできませんし、メッセージへの返信ができなくなってしまうこともあるかもしれません。

それでも、自分の気持ちを言葉にするだけで、心が軽くなるかもしれませんよ。

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